平井丈一朗

平井丈一朗、その芸術と人生の軌跡

“平井丈一朗は明日の音楽界におおきな希望をもたらす存在です。
平井こそは、私の後継者となるでしょう。”
―― パブロ・カザルス

巨匠カザルスの高弟であり、かつ、その後継者としてわが国が世界に誇るチェリスト。1937年、作曲家平井康三郎とヴァイオリニスト平井友美子の長男として東京に生まれ、小学校時代すでにピアノ協奏曲ほか約100曲を作曲し、ピアノで全国各地を演奏旅行、NHKなど放送にもしばしば出演。

12歳より桐朋学園で斎藤秀雄*のもとチェロを始め、わずか4年後には第23回日本音楽コンクールで第1位特賞を受賞。Voice of Americaを中心とする日米合同審査による第1回文化放送音楽賞では特賞(器楽・声楽など全部門を通じての1位)に輝き、第1回カザルス国際コンクール特別賞など、国内外で若くしてその才能を証明した。

とりわけ第2回チャイコフスキー国際コンクールでは、審査員であったショスタコーヴィッチ、ハチャトリアン、カバレフスキーらが公平さを欠く審査への暗黙の抗議として、平井のために《ソ連作曲家同盟特別賞》を新設。ショスタコーヴィッチ自身が直接授与するという、音楽史に残る一幕もあった。

1956年、転機が訪れる。当時、来日中だった20世紀を代表する名チェリストの一人、グレゴール・ピアティゴルスキー*(ハイフェッツ、ルービンシュタインと共に“100万ドル・トリオ”の一人として一世を風靡)が平井の演奏を聴き激賞し、氏自身も“チェロの神様”と仰ぐカザルスに推薦状を書く。

そして、1957年より5年間、世紀の巨匠パブロ・カザルス(1876−1973)に師事し、師とともに欧米各地を楽旅しつつ研鑚を積み、チェロ音楽の蘊奥を究めた。

1961年4月、師カザルスは愛弟子の晴れの帰国デビューを飾るため特に来日し、平井は恩師の指揮により、東京と京都でドヴォルザークなど四大チェロ協奏曲を演奏。皇太子・美智子妃殿下(当時)のご来臨を得て華々しくデビューを飾った。

客席には山田耕筰や吉川英治らの顔ぶれも見られ、続く一連の凱旋祝賀リサイタルには、吉田茂元首相ら多数の著名人・文化人が列席するなど、まさに国を挙げての祝祭であった。

この伝説的なライブ放送音源は、長らく“幻の名演”とされてきたが、後にEMIやUniversal Music (TBS Vintage Classics) からCDとしてリリースされ(カザルスと平井の記者会見での肉声も収録)、当時の熱狂を今に伝えている。

この歴史的なデビューを機に、ソリストとしての演奏活動は全世界40カ国にも及び、至る所で輝かしい成功を収めていく。

師カザルスは平井丈一朗を伴ってニューヨークの記者会見に臨み、世界中から集まったジャーナリストを前に「平井こそは我が後継者」と語っている。

カザルスは亡くなる前年にも愛弟子・平井を呼び寄せ 「この10年余りバッハ(無伴奏チェロ組曲)と毎日向き合い、ついに達した境地をタケ(丈一朗)にどうしても伝えておきたい」 と3カ月間、一子相伝の奥義を授けた。

平井の交友関係は、まさに19世紀末〜20世紀 ”クラシック黄金期” の縮図であった。クライスラー、ヴィラ=ロボス、ナディア・ブーランジェ、ジョルジュ・オーリック、ベンジャミン・ブリテン、ショスタコーヴィッチ、ハチャトリアン、カバレフスキー(以上、作曲家)、エルマン、シゲティ、メニューヒン、アイザック・スターン、コーガン(以上、ヴァイオリニスト)、ピアティゴルスキー、フルニエ、トルトゥリエ、ローズ、ロストロポーヴィチ、ジャクリーヌ・デュ・プレ、イッサーリス(以上チェリスト)、コルトー、ホルショフスキー、ケンプ、サンロマ、ゼルキン、イストミン、カッチェン(以上、ピアニスト)、アンドレス・セゴビア(ギター奏者)、ストコフスキー、ジョージ・セル(以上、指揮者)、ブダペスト四重奏団、など綺羅星のごとき巨匠たちと共演、あるいは親交を結び、その遺産を現代に継承している。

1958年、メキシコにて若き平井の演奏を聴き、深い感銘を受けたヴィラ=ロボスは、平井に捧げる新作を書くことを約束する。しかし、その約束は果たされぬまま翌年ブラジルで惜しくも帰らぬ人となる。

1960年代以降、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ブラームスの全チェロ作品連続演奏会を内外各地で度々行なっている(ベートーヴェンは“ホルンソナタ”、ブラームスは平井自身によるヴァイオリンソナタやクラリネット/ヴィオラソナタ、歌曲の編曲も含まれる)。

初演も多く手がけており、自作品や平井康三郎作品(「チェロソナタ」、「”さくらさくら”によるパラフレーズ」やチェロと邦楽器のための作品)はもとより、1965年にはフレンニコフの来日記念作品演奏会で、チェロ協奏曲のソリストに指名され日本初演(ピアノ協奏曲は作曲者自身、ヴァイオリン協奏曲はレオニード・コーガンがソリスト)を行なった。

また現在ハイドンの代表作としてすっかり定着している『チェロ協奏曲第1番ハ長調』は、楽譜発見から間もない1966年に平井丈一朗が自作カデンツァにより日本初演(森正指揮/日本フィルハーモニー交響楽団)。それに続く京都初演(山田一雄指揮/京都交響楽団)の模様は、NHKで全国に放映された。

1976年、ニューヨークの国連シンフォニー協会の要請によりレナード・バーンスタイン、クラウディオ・アラウ、ラヴィ・シャンカールらと共に同協会国際顧問となる。

1979年には、世界でも例のない“弾き振りによる”三大チェロ協奏曲の夕べを開催(東京フィルハーモニー交響楽団/ドボルザークはライヴ録音LP/CD発売)。

1980年以降、外務省および国際交流基金の派遣により、日本国芸術使節として中南米7カ国、東南アジア・ヨーロッパ諸国など世界各地を歴訪。フィリピンのアキノ大統領ら国家元首や王族からも熱烈な歓迎を受ける。

1988年1月、皇太子徳仁殿下(当時)をお迎えし、自作「イスラ・ヴェルデの詩」を含むユニークなプログラムによりリサイタル開催。同年、米国ワシントンD.C.で開かれた第1回世界チェロ大会に、ナンシー・レーガン大統領夫人より招待を受け、特別ゲストとしてオープニングコンサートで演奏し、多大の感銘を与える。

1993年、皇太子殿下と雅子妃殿下(当時)のご成婚に際し、日本テレビの委嘱を受けてチェロ独奏と管弦楽のための祝典序曲 『Celebration Overture』 を作曲。この奉祝曲は、記念特別番組において平井自身の指揮と独奏により初演され、全国ネットでの放映を通じて日本中に深い感動をもたらした。

一連の“ワールド・ハンガー・コンサート”にも力を入れ、世界飢餓救済や平和に尽くすアーティストとしても活躍。1995年、ポーランド楽旅に際して行った“平井丈一朗アウシュビッツ・コンサート”では満員の会場が深い感動の渦につつまれた。

90年代以降もその多彩な足跡は続く。ジュリアード国際音楽サマースクール首席客員教授、ヴァージニアの国際音楽祭・芸術監督として、さらにワシントンD.C.国立ケネディ・センターの全面招聘による米国公演での圧倒的成功などがある。

2009年、師カザルスの遺骨が生誕地に帰還して30年となるのを記念し、欧州5カ国(スペイン、英国、フランス、デンマーク、ルーマニア)を巡るコンサートツアーを行う。師の故郷バルセロナ郊外にあるカザルス音楽堂では、リサイタルと共に、特別写真展 《カザルスと平井丈一朗》 も同時開催。カザルス博物館が所蔵する師弟の秘蔵写真や往復書簡も初公開され、マルタ・カザルス夫人も米国より駆けつけ祝福するなど、大きな話題を呼ぶ。

作曲家としては、管弦楽曲、合唱曲、歌曲、室内楽曲、ピアノ曲など幅広いジャンルに特筆すべき業績を残す。

『イスラ・ヴェルデの詩 〜恩師カザルスの思い出より〜』 (チェロと弦楽オーケストラ)、『“ローレライ”による幻想曲』(チェロと管弦楽版・ピアノ伴奏版)、チェロとピアノのための『“クラシカル・ソナタ”』、『イ調の旋律』、チェロ大合奏のための『頌歌』、ほかチェロ作品多数。

師カザルスがチェロ近代奏法の礎を築いたとすれば、平井丈一朗はその伝統の上に立ち、自らの作品を通じてチェロという楽器の技巧的可能性と芸術的表現を、新たな次元へと昇華させた。その頂点をなすのが、無伴奏チェロのための組曲『ラティーナ』と幻想曲『北斎』である。

『ラティーナ』においては、チェロ本来のリリカルな叙情性を存分に発揮させつつ、かねてより交友のあった“ギターの父”セゴビアの奏法に触発された超絶技巧を盛り込むことで、この楽器に未聞の色彩と生命力あふれる躍動感を与えることに成功した。

一方、『北斎』は葛飾北斎の芸術に通底する広大な宇宙観を音にした革命的ともいえる作品である。この自由な幻想は、英国のJazz FMで紹介されるやニューヨークのジャズシーンにも瞬く間に広まりクラシック(あるいはチェロ)というジャンルの枠を軽々と越えて国際的な評価を確立している。

このほか、管弦楽曲 『日本民謡によるラプソディー』、合唱曲 『星空のアレルヤ』(作詩作曲)、『メタセコイヤ』(サトウ・ハチロー詩)、歌曲集 『まぼろしの椅子』(大西民子の短歌による)、歌曲『五月雨の手まり唄』、『不思議な一人』、『旅の抒情』、ピアノのための 『詩曲』、などの代表作がある。

カザルスの友人であり共演仲間でもあったサン=サーンス、グリーグ、フォーレ、イザイ、アルベニス、パデレフスキ、ドビュッシー、グラナドス、ラフマニノフ、クライスラー、ラヴェルら19世紀の大作曲家たちは、カザルス自身がそうであったように、卓越した演奏家(ピアニスト)であり、あるいは指揮者でもあった。当時の芸術家にとって“演奏と創造”は分かち難いものであり、その理想を体現した者こそが「完全なる音楽家(complete musician)」と呼ばれた。

平井丈一朗もまた、その系譜に連なる音楽家である。チェリストでありながら、難解なオーケストラの総譜をピアノで初見演奏し、さらには演奏旅行中に師が紛失した伴奏譜を即座にオーケストレーションして再現するなど、その非凡な才能に師カザルスは絶大な信頼を寄せていた。

2011年、《東日本大震災復興支援チャリティー・リサイタル》開催。この時初演した自作 『祈りのアリア』(2011)は、被災者の痛みを和らげたいとの平井の切なる願いがこもった作品として、また2013年、14年初演の新作 『幻想曲“和”』 や 『越後の幻想』は、日本の美と情趣が胸に迫る傑作として、いずれも大きな反響を呼んだ。

2014-15シーズンに開催した《演奏生活60周年記念チェロ演奏会》に際しては、J .S.バッハ『無伴奏チェロ組曲』、ドヴォルザーク『チェロ協奏曲』、自作『チェロとピアノと管弦楽のための詩曲“カタロニアの思い出”』、カザルス『鳥の歌』、などを熱演、“平井丈一朗ジュビリー・オーケストラ”に長男・平井秀明(指揮)、次男・平井元喜(ピアノ)も加わり、この記念碑的舞台に花を添えた。

近年の主要なコンサートは他に、2017年《80歳バースデイコンサート》(ライブCD/DVD絶賛発売中)、2019年《デビュー65周年記念チェロ・リサイタル》などを開催、それぞれアンコールを含めると3時間近くに及ぶプログラムを従来通り全て暗譜で演奏。まさに「生ける伝説」の健在ぶりを改めて示すものであった。

その録音はLP、CDからDVD、Blu-rayまで多岐にわたり、ビクター、EMI、コロムビア(Sony Classical)、Universal Musicといったメジャーレーベルから数々の名盤を世に送り出している。ドヴォルザークの協奏曲(“弾き振り”によるライブ録音を含む)をはじめとするチェロ協奏曲多数、《平井丈一朗リサイタルライブ》、無伴奏チェロ幻想曲『北斎』、平井康三郎邦楽作品集『幻想の平城山』(チェロと箏)、《自作歌曲集》などがその代表作である。

さらに、『ベートーヴェン:全チェロ作品』や『ドヴォルザーク:チェロ協奏曲』をはじめとする楽譜校訂も数多く手がけ、後進の音楽家たちに多大な影響を与えている。

加えて、『Who’s Who in the World』(欧米版「世界紳士録」)に載る数少ない日本人の一人として、米国キャピタル音楽協会チェアマン、国際コンクール審査員、国内では詩と音楽の会(ACA)会長、日本音楽作家団体協議会(FCA)理事などを歴任する。

一方、2021年には、父の名を冠した《平井康三郎声楽コンクール》を創設し毎年開催。自ら審査委員長も務め、次世代の音楽家育成にも情熱を注いでいる。

2015年以降、5度にわたり脳梗塞に見舞われながらも、その都度ステージへの帰還を果たしてきた不屈の音楽家。とりわけコロナ禍での闘病は長く厳しいものとなり、一時は寝たきりの状態にも陥った。さらに、脳梗塞の影響で2年近く手術の延期を余儀なくされた腹部大動脈瘤破裂の危険と隣り合わせの日々であったが、2025年秋、その手術を乗り越える。そして2026年、これまでの闘病の事実を初めて公にする。

死の淵から生還した現在、再びリハビリと稽古に励み、その視線は未来へと向けられている。師カザルスの《生誕150周年》となる2026年秋には、記念コンサートの開催、そして、これまで語られることのなかった多くの秘話が明かされる自伝的回想録 『楽聖カザルスと私』 (仮題) の上梓が待たれる。その芸術魂は、今なお輝きを失わない。

* 斎藤秀雄 (1902-1974): チェロ奏者、指揮者、音楽教育家。平井丈一朗の母でヴァイオリニストの平井友美子(桐朋学園大学名誉教授)らと共に桐朋学園音楽部の創設にも尽力。多くの日本を代表する演奏家や指揮者を育てた。昭和初期にドイツへ留学し、ユリウス・クレンゲルやエマヌエル・フォイアマンの薫陶を受ける。フォイアマンは、広義にはカザルスの孫弟子にあたる。平井丈一朗の師カザルスは、古くはヴィクトリア女王の御前で、後にケネディ大統領に招かれホワイトハウスで演奏するほどキャリアが長大だったため、本来なら“玄孫弟子”にあたる5世代離れた平井丈一朗との“奇跡”といえる師弟関係が実現した。

* グレゴール・ピアティゴルスキー (1903-1976): 20世紀を代表するロシア出身のチェリスト。39歳で早逝した天才チェリスト、フォイアマンの後を継ぎ、ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)、アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)と共に“100万ドル・トリオ”の一人として一世を風靡した。

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